つかずはなれず

 曇天は気にならないが、湿度には閉口する。5月のサウスタウンは、それまでの快適な日々が嘘だったかのように日を追うごとに蒸し暑くなり、空には雲も多かった。ああそうだった、こんな天気だった、5月のこの街は。キングは、投宿している部屋の窓から空を眺め、額に浮いた汗を拭った。
ちょっとした宿泊費の多寡を気にして、エコノミーホテルを選んだことを後悔していた。空調の効きづらさを抗議したものの、愛想のない主人に体よくあしらわれ、部屋替えの希望は通らなかった。そんな部屋に、客を招かなくてはならないことに気が引けた。
“集合場所を変えたいんだけど。ホテルの部屋が暑くてね”。携帯電話でテキストメッセージを送ると、ほどなく、“OKそれならセントラルシティの〇〇って店はどう?”と返信があった。“了解”、と返事をして携帯電話をベッドの脇のコンソールテーブルに置き、寝間着代わりのジャージードレスを脱ぐ。濃紺のリネンで仕立てられたマキシ丈のカフタンドレスを頭からかぶって、ドレスと同じ深い青の貴石がきらめくピアスをつけ、鏡を覗き込む。額と鼻梁のファンデーションを整え、サングラスをかけてキングは部屋を出た。
太陽は薄い雲に遮られていたが、昼下がりの時間帯、気温は高かった。折よくセントラルシティ行きのトロリーバスが通りかかる。乗り込むと、びっくりするくらい空調が効いていない。ロンドンのメトロやバスも大概粗末なつくりだが、サウスタウンのそれはもっと酷かった。きっと利用者が支払うささやかな料金のうち大半が、強欲な経営者に吸い取られているに違いない。
目的地のバス停で降り、待ち合わせの相手──ユリ・サカザキであった──が寄越してくれたアドレスを手がかりに1ブロック先の角を曲がると、お目当ての店はすぐに見つかった。
いかにもユリが好みそうな、マカロンめいた色合いの内装の、可愛らしいカフェだった。ピスタチオグリーンのレザーが張られたボックスシートを覗き込みながら店の奥まで歩くと、よく見知った顔があった。
「お待たせ」
「久しぶり、キングさん」
キングと同じように風通しの良さそうなコットンのドレスを着たユリが、ひまわりのように明るい笑顔を見せた。その横にはリョウが、Tシャツにハーフパンツという装いで座っている。ふたりともこの季節に相応しい軽装だった。
すでに半分ほど空になったグラスを触りながら、「何飲む?」とユリが尋ねる。「レモネードにする」と答えると、リョウがそばを通りかかった従業員を呼び止め、オーダーをしてくれた。
「ありがとう」
礼を言いながらキングは向かいのソファに座り、バッグからハンカチを出して額の汗を拭いた。
東海岸こっちは蒸すねえ」
と、こぼす。昨日までキングが滞在していた西海岸のカリフォルニア州は、気温も湿度もそれはそれは心地よかったからだ。
今回、キングが自分の城である「イリュージョン」を留守にしてわざわざ大西洋を渡ったのは、ワインの買い付けという、至極彼女らしい理由からだった。フランスやスペイン、イタリアと言ったヨーロッパのワインはかなりの種類を揃えているキングの店だが、南米や北米のワインはまだまだ品揃えが足りない、と言うのが彼女の自己分析で、「イリュージョン」を “ロンドンで一番ワインが飲める店” と自認している店主としては、銘醸地のワインの買い付けの強化を目指すのはごく自然の成り行きであった。当地での仕事は予想以上に順調に進み、新進の熱心な醸造家のワイナリーと大きな仕入れの契約をすることができたし、高級ワインの産地であるナパ・ヴァレーの老舗のワイナリーの商品も何種類か買い付けた。カリフォルニアワインの品ぞろえを充実させる取っ掛かりとしては十分な内容だった。
そしてこの出張のついでに、大陸の反対側にあるサウスタウンに立ち寄ることになったのは、今キングの目の前に座っているユリの誘いによるところが大きい。直行便で6時間弱かかると言うことを知り、今回サウスタウンには顔を出さずにいようと思っていたのだが、アメリカに行くことを告げるや否やサウスタウンへの来訪を乞うて聞かないユリに根負けする形で、キングはアメリカン航空の航空券を購入したのだった。
リョウがキングの言葉を受けて、口を開く。
「サンフランシスコの方に行ったんだろ? あっちは気候がいいからな。こっちは湿度がすごいから」
「私たちはずっと住んでるから分からないけど、サウスタウンの湿度ってきついんだね〜」
「正直、ちょっとたまらないよね」
運ばれてきたレモネードに刺さったストローに唇を寄せながら、キングは答えた。今住んでいるロンドンも、この時期は乾燥しているから、なおさらその差に体が慣れない。
その分ロンドンは暗いし年中雨が多いんだけど、とキングは続ける。キングがロンドンの気候に悪態をつくのはいつものことなので、ユリとリョウはそれを聞き流した。
商談の成果を尋ねられ、キングの顔に少し笑顔が浮かんだ。
「良かったよ。良いワインをたくさん仕入れられることになった」
「じゃあ、またキングさんのお店でワインたくさん飲めるね」
「でもイギリス人ってワイン飲むのか? お前の店に行っても、周りのお客はみんなビール飲んでるよな」
リョウにしては鋭い指摘だった。キングの秀麗な眉間に少し皺が寄った。
実際、「イリュージョン」の主力の商品はビール、それもご当地で人気のIPAやペールエールが中心だった。レストランなどではワインもよく飲まれているのだが、「イリュージョン」のようなパブではもっぱらビールが人気であり、自然、品揃えもそれに応える形でビールやスコッチウイスキーの方が圧倒的だったし、キングの本領であるカクテルやワインが、それらのアルコールに押され気味なのは確かだった。
「そうなんだよね……正直、寒いし暗いしワインは売れないし、ロンドンでずっと店続ける気はしなくなるよね」
肩をすくめてキングは言う。リョウの言葉につられて思わず本音を喋ってしまったが、それは彼女が常々頭の片隅で思っていることだった。そもそも、陽光降り注ぐ国や街で過ごしてきた時間が長かったキングにとって、ロンドンの薄寒い気候はいつまでも親しめないものだった。
「ジャンが独り立ちしたら、フランスの南の方でワインの店でもやろうかな」
「サウスタウンでやれば良いじゃないか。暖かいし。ワイン好きだぞ、アメリカ人は」
リョウが言う。ユリが頷く。
「それ良い! キングさんに戻ってきてほしい!」
「……」
キングは注意深くリョウの顔を見た。特にいつもと変わりのない、鷹揚な佇まいのまま、彼は自分の席に置かれたコーヒーを飲んでいた。次いで、ユリを見る。キングのリアクションを期待している顔だったので、キングは少し考えて答えた。
「サウスタウンねえ……」
「えーっ、嫌なの?」
「そう言う訳じゃないけど……」
「良いじゃないか。俺たちもしょっちゅう行けるしな」
リョウは笑っている。
この男のこう言うところに、いつもキングは引っ掛かりを覚える。
自分がリョウに友情を超えた好意を抱いていると言うことについて、キングはもう数年来自覚的だった。ただ、自分の方から何かを起こす気になれなかったのは、リョウが自分のことをどう思っているのかと言うことにいまいち確信が持てなかったからだ。
友人として好意を持ってくれているのは重々承知していた。リョウは、気が向けばロンドンを訪ねて店に立ち寄り、よしなしごとを楽しそうにしゃべっては帰っていく。最近めっきりその機会は減っていたが、格闘家としてスパーリングに付き合うこともあった。
だが、その先は。
キングは、頻繁に異性に口説かれる。特にロンドンに渡ってからは、常連客や付き合いのある会社の営業や、とにかく関わりのできたコミュニティの中の誰かからのデートのお誘いがひっきりなしだった。リョウへの気持ちを自覚するまでは、そのうちの何人かとは実際にデートをしたし、さらにそのうちの何人かとは短期間ながら交際もした。そんな経験から、キングは、自分に興味のある人間は必ず自分にアクションを起こしてくるのだと無意識のうちに思い込んでいた。
そんなキングにとって、リョウの振る舞いはどうも理解に苦しむところがある。とてもオープンで、率直に振る舞うのに、踏み込んでこない。リョウが不意に自分に対して親しい言葉を発するたびに、キングはいつも混乱した。空手とバイクのことしか頭に無いのか、それとも少しは自分のことも想ってくれているのか、全く分からなかった。
そして今日も彼は、いとも簡単に、自分の住んでいる街に店を開けと言う。
キングは友人との会話の真っ最中であることを思い出し、深く思い煩うのをやめた。
「ま、候補に入れとくわ」
キングは目の前の兄妹にそんな風に軽く答えて、レモネードの残りを飲んだ。
リョウが腕時計を見て、言った。
「悪いが、今日は用事があるから、俺は帰るぞ。またな、キング」
「ああ、またうちの店にも来てよ」
「勿論だとも」
そう言い残し、笑顔を見せてリョウは席を立つ。店を出て、街の雑踏に消えていく頑健な後ろ姿を、窓越しにキングは見送った。この男と別れるときは、いつも何か言い残されたような言い残したような、そんな思いが胸に宿る、そんなことを思いながら。
「リョウの用事って何?」
何気なくユリに尋ねると、ユリはちょっと面白いんだけど、と言いながら言葉を続けた。
「道場の生徒の女の子のプロムのパートナーをしてあげるんだって」
「へえ?」
キングの眉尻が上がった。
毎年5月の末はプロムの季節だ。高校卒業を控えた少年少女のダンスパーティーのことで、彼らはこのために半年を費やしてパートナーを探し、ドレスやタキシードを見繕う。キングは高校には行っていなかったし、周りにも高校に真面目に通っている仲間などいなかったから、その青少年の重大行事には縁遠かったが、どうやらプロムと言うものがあるらしいと言うことだけは知っていた。
「プロムって高校生同士で行くもんだと思ってたよ」
「それが意外と自由なの。私もロバートさんと行ったし」
「ふぅん」
キングは気のない風を装った相槌を打つ。ユリは言葉を続けた。
「お兄ちゃんって、結構、中高生クラスの女の子とか、キッズクラスの生徒のママとかに人気があるんだよね。そういうクラスの生徒さんには教え方も優しいし、面倒見も良いから。だから実は毎年、絶対に一人か二人くらいの生徒さんから、『プロムのパートナーになって!』ってお願いされるんだよ~」
「ふぅん」
「そう言うお誘いはずっと断ってたんだけど、今回の子は進学でうちの道場に通えなくなっちゃうって言うのと、向こうのご家族からもお願いされたってこともあって、1〜2時間だけって約束で一緒に行くことになったんだって。これから着替えてお迎えに行ってあげるんじゃないかな」
「プロムに、シボレーのピックアップトラックでねえ」
キングが率直な感想を漏らすと、ユリが笑った。
「さすがに生徒さんのためにリムジンは借りられないからね~」
ユリは自分の目の前のコカ・コーラのグラスに手をつけ、ドリンクを飲んだ。
「お兄ちゃん、ああ見えてちょっとはモテるんだよ」
「そうみたいだね。生徒にそんなに人気があるとは知らなかったよ」
「道場の生徒さんとかご家族とは付き合わないって決めてるみたいなんだけど、それでもデートに誘われたりとかするんだって。たまに別のところで知り合った彼女がいたりすることもあるよ。……最近はあんまり聞かないけど」
「へぇ」
少し意外だった。リョウと各々の恋愛事情について突っ込んだ話をしたことは無かったが、互いにそこそこいろんなことが起きているのだなと思う。
決して愉快な話題ではないのだが、ユリの楽しそうなおしゃべりを遮るのも野暮なので黙って耳を傾けていた。
「だけどすぐ振られちゃうんだよね~。空手の方が好きなのねって絶対言われちゃうんだって」
さすがに、キングは思わず笑った。その様子がありありと想像できたからだ。
「ま、振られてもケロッとしてるんだけどね……お兄ちゃんってすごく受け身っていうか、アプローチされたからデートしました、付き合いました、でも振られちゃいました、みたいな感じで、自分から“この人” って思った人、いないんじゃないかなって思う。私のせいでもあるんだけどね、ずっと私の面倒見るので忙しかったから」
と、ユリは兄のことを思いやった。
「まあ……それは気にしなくていいんじゃないの。私も似たようなもんだったから分かるけど、ほんとに必死な時は恋愛になんか頭が回らないんだよ。もしリョウが最近はデートの相手がいたって言うなら、それはリョウにも心の余裕ができたってことだから、それならそれでいいじゃないか」
「うん」
ユリは頷く。そして、珍しくやたらと兄の話題を引っ張る。いつもならケーキの美味しい店だの、キングの弟のジャンの話だの、話題が目まぐるしく変わり、それに追いつくのが大変だと言うのに。
「お兄ちゃんって、 “来るもの拒まず去るもの追わず”なんだよね。道場の生徒さんの勧誘だけは熱心だけど。誰に対しても自分からあんまり誘わないって言うか、何せあの性格だから」
「マイペースってこと?」
「うん。……だから、珍しいんだよ。お兄ちゃんがこっちにお店開けばとか、キングさんに言うのって」
ユリの黒髪が揺れ、髪と同じ黒い瞳がキングを見つめる。自身が引っかかりを覚えたリョウの言葉を蒸し返され、キングは少し動揺した。それを気取られないように、無言でドリンクを飲み干す。
そしてやや強引に、話を変えた。
「……この後どうする? 買い物にでも行く?」
普段なら、「行く行く!」とすぐに乗り気な返事をしてくるユリだったが、今日は、黒曜石の色をした大きな瞳をたっぷり2〜3回まばたきさせてから、「そうだね」と落ち着いた口調で頷いただけだった。

繁華街のデパートや路面店をウィンドウショッピングして、お互いに服を試着しては似合う可愛いと褒め合って、そのうちの何点かは衝動買いして、キングとユリは5月の長い昼を楽しんだ。ユリが気に入っているというダイナーで軽い夕食をとり、そろそろ解散しようかと言いつつぶらぶら歩いていると、路肩からクラクションを鳴らされた。振り返ると、古い年式の赤いシボレーのピックアップトラックがハザードランプを点滅させていた。
「お兄ちゃん!」
ユリが手を振る。
「帰り道か? キング、送ってくぞ」
と、運転席のリョウが言う。その提案をありがたく受けることにして、ユリとキングは後部座席に乗り込んだ。ジャケットこそ脱いでいるが、リョウはタキシードをまとって正装していた。いつものカジュアルな装いとはだいぶ雰囲気が違っている。
「似合うじゃない」
揶揄からかわないでくれよ。肩凝っちまった」
ユリが問う。
「もうおうちに送ったの?」
「いや、友達と飯食いに行くって言うから、まとめてレストランまで送って行ったよ。親御さんにも連絡した」
「お疲れさま。喜んでたでしょ」
「9月からニューヨークの大学だって言うから、こっちでの良い思い出にはなったんじゃないか。空手も続けるって言ってたよ」
そんなことを話しながら、リョウはハンドルを操る。ハンドルさばきは落ち着いていて、繁華街の頻繁な赤信号にも、強引に車線を変えてくる隣車線の車にも、全く動じなかった。実に彼らしい運転ぶりだなと、キングは思った。
「プロムのパートナーなんて一生の思い出、リョウに頼むなんて、その子、リョウのこと本当に好きだったんじゃない」
「気持ちはありがたいけど、なんて言うか、俺が“空手の先生”だから憧れてるだけだと思うからさ。ちゃんと同年代の男と付き合った方が良いよ」
リョウはそう答える。
やがて、キングの宿泊しているホテルの近くまで車はやって来た。「ここで大丈夫」、と告げて、キングは車から降りる。
「まったねー、キングさん」
「またね」
「じゃあな、おやすみ」
リョウの車が走り去るのを見届け、キングはホテルに入った。空調は相変わらず効きが悪く、温度設定を最も寒くしてもなお、部屋の中には湿気がたゆたっていた。シャワーを浴び、寝巻きに着替えてから、部屋の小さな冷蔵庫に買い置いていたワインのミニボトルを開栓した。
濃い葡萄色の液体を嚥下すると、胃袋が熱くなった。上半身の血管がゆっくりと開いていくような感覚が体を包む。
ベッドに腰掛けながら、今日の出来事を反芻する。
リョウが自動車を運転する横顔や、白いウィングカラーシャツと黒い蝶ネクタイのコントラスト、待ち合わせしたカフェで見せたリラックスした表情。そしてユリの意味ありげな視線と言葉が、脳裏に浮かんでは消えた。
ユリが言いたいことは分かるけど、でもだからって私にどうしろと。
キングはため息をつく。よく分からない男を好いてしまったものだと思う。
ワインを傾けながら物思いに沈んでいると、携帯電話が鳴った。見覚えのない番号だったが、とりあえず電話に出た。
「──はい」
『こんばんは。一昨日、ワインの契約をしたジョンストンです』
「ああ……どうも」
今回の買い付けでワインの仕入れの契約をしたワイナリーは幾つかあったが、その中でも新進気鋭と評判のワイナリーがあった。経営者はワインへの情熱と愛を惜しみなくキングに語って聞かせた若い男性で、しかも中々美男子だった。その彼から電話がかかって来たのだった。
『発送の時期についてご相談があってお電話差し上げました。今、話せますか』
「大丈夫ですよ」
『もう、ロンドンに戻られてるんですか?』
「いえ、フロリダに来てます。知人がいるもので」
『そうなんですね』
電話越しに男が笑ったような気配を感じる。
男はそれから、発送のスケジュールについて、何項目かの確認と説明をした。キングは相槌を打ちながら聞いていた。ごくごく普通の、ビジネスの電話だった。「以上ですが、何か問題はありますか?」と尋ねられ、「何もありません」、と答える。
『それは良かった。では、また──良かったらまた私のワイナリーに来てください。あなたのワインの知識やワインにかける情熱に感銘を受けました』
「ええ、そうですね。また買い付けに行きますよ」
男は少し黙り、また話し始めた。少し声色が変わったような気がする。
ん? とキングは思った。
『その──近いうちに、ほんとに来ませんか。私のワインとそれによく合う料理をご一緒したいです。すみません、こんなお誘い。でも……あなたがとても素晴らしい人だったので』
「…………ビジネスランチなら、是非。ジョンストンさん」
キングはできる限り相手のプライドを傷つけないように答える。電話の男の声に苦笑が混ざった。
『そうですね、ぜひビジネスランチを。大変失礼しました、忘れてください』
「気にしてないですよ。これからもよろしく」
電話は友好的に切れた。少なくともキングの中では。
こんなことでフイにしたくない商談ではあったが、もし契約が反故にされても致し方あるまい、と思いながら、2杯目の晩酌を傾ける。
しかし何故、こうもみんな自分とデートしたがるのか。商売がやりづらくてしょうがない。デートの相手は商売以外のところで見つけるべきではないのか。そんなことをついつい思ってしまう。そしてその思考は自然、自分が最も気になっている方向へ流れていく。
……デートに誘ってこない男も、いることはいる。
キングは憮然とした表情になり、飲み掛けのワインをぐっと飲み干した。そして、もう寝ようと呟いてベッドから立ち上がり、寝支度をしに洗面所に向かう。洗面台の小さな鏡の中の自分は、とても不機嫌そうだった。
照明を落とし、硬くて狭いベッドに寝転がる。酩酊のかけらが睡魔を呼び起こす。
うとうとしかかったところに、枕元のコンソールテーブルに置いていた携帯電話が震えた。手に取って見ると、リョウからのテキストメッセージだった。
“明日時間あるか? 良かったら道場に来ないか? 少し手合わせできたら嬉しい”
彼からのメッセージは、いつもとてもオープンで、ストレートで、明るい。
我知らず笑顔になりながら、キングはメッセージを打ち返す。
”残念だけど、12時の飛行機に乗るから、無理かな”
”残念だな。せめて送っていくよ。9時くらいにホテルまで迎えに行けばいいか?”
”助かる。ありがとう”
返事はなかった。なかったが、明日の9時には赤いシボレーのピックアップトラックが、安ホテルの前に停まっているのだろう。そのまま携帯電話の画面がブラックアウトする。キングは手探りでそれを枕元に戻し、目を閉じる。
デートには誘われないけれど、随分気安く色んなことに誘われている気はする。つかず、はなれず。

それがどう言うわけなのか、検討する前に。
抗えない眠気に引き摺り込まれるように、キングは眠りに落ちた。

 

fin.


2022.3.26 pixivにて初出。
龍虎2から餓狼MotWまでの間(私の妄想ならそこにBURIKIが入るんですが)キングさんとリョウはどうしていたのか、重箱の隅をつつくように想像したお話。キングさん視点。
リョサカが天然モテ男だと信じているのでそんなことを盛り込みました。そしたらキングさんのモテモテぶりも書くことになりました。
だらだら長い上に展開のメリハリがビミョーすぎますがお楽しみいただければ嬉しいです!