連環

葬列を見た。
空は麗らかで、日差しは優しかった。この土地の土は白く、緑は豊かであった。ただ、ひとびとの黒衣だけが、ユージンの目に沁みた。

その夜。
ユージンとトルネコの部屋に、マーニャとミネアがやって来た。床に地図を広げ、覗き込む。ヒルタン老人から譲り受けた地図は精緻そのものであり、今まで彼らが辿ってきた道のりがまるで眼前に広がっているかのような正確さであった。明日からの旅程を確認し、お互いが持ち寄った道具の残りを調べる。特に問題もなかったので、すぐに作戦会議(とマーニャが名づけた、日々の話し合い)は終わった。
マーニャが持ってきたつまみと麦酒ビールをここで食べていく、と云ったので、しばらく4人での雑談が続いた。
ユージンが口を開く。何気なく。
「……ひとは、死んだらどこに行くのかな」
仲間たちが目をきょとんと瞬かせて少年を見た。
「どうしたの、ユージン」
ミネアが問う。
「うん、今日、葬式を見ただろ。だからちょっと、気になって」
「そうですねえ」 トルネコが口ひげを撫でながら云った。「私は、“人は死んだら魂は天の竜の神様のところへのぼっていって、そこで常しえの楽土に導かれる”って教わりましたね。小さい頃から、教会で。体は地上に置いていくから、丁寧に葬ってあげないと、体が苦しくてなかなか竜の神様のところに行かれないんだ、とも」
「そうなの?」 マーニャが鉄の扇をひらめかせた。「あたしたちの故郷くにじゃ違うわね」
「そうなんですか?」
「あたしたちの故郷では、人は死んだら体は大地に還って、また魂は別の体を持って生まれ変わるって教わったわ。だから悪いことしちゃいけないの。悪いことしたら、人間に生まれられないからね」
「父さんによくそうやって怒られたわね」
「へえー。おふたりのところでは、そう云うんですか。いろいろですねえ」
トルネコが好奇心満々な顔で云う。この男は、そうやって異国の話を聞くのが大好きなのである。
「でも多分、この辺の人たちは竜の神様の教えを信じてるから、ああやって棺に納めて、遺骸を大事に葬るのね」
ミネアが云った。
「あたしたちのところは、お棺になんて入れないもんね」
「そうなんですか」
「うん」
3人は、そう云えばあの国で見た葬式はああだった、とか、船乗りはこうするらしい、とか、各々が今までに得たそんな知識をだらだらと披露し続ける。
ふと、ミネアが、先ほどから傍らで無口になっている少年を見やった。
「……ユージン? どうしたの?」
占い師の声が少し高くなる。
少年の蒼穹のような瞳から、涙がこぼれていた。
「……ごめん」 ユージンは涙をぬぐう。「なんでもない」
「なんでもないってことはないでしょうよ」 踊り娘が云う。「話してご覧?」
その声はあくまでも優しい。
少年は俯き加減で、口を開いた。
「……ぼくの村の人たちは、骸も残さず焼かれてしまったんだ。土にも埋められなかった。そうしたら、みんなはどこへ行くんだろう。魂は天に昇れないんだろうか」
少年の問いは、悲愴だった。仲間たちは沈黙した。
少年は洟を啜り上げる。
「ごめん。変なことを云った」
踊り娘の手が伸びた。マーニャはユージンの傍らに座し、頭を抱え、彼の翠の蓬髪をゆすぶるように撫でた。
「“変なこと”なんて云わないの」
少年はしゃくりあげるようにして、哭きつづける。
時折、ユージンは瘧を患うようにして涙を流すことがあった。そんなとき、姉妹は、辛抱強い聞き手だった。彼女たちは少年の千々に乱れた心と言葉をいつも丁寧に拾い集めてくれた。ちょうど、今のように。
「ユージン」
トルネコが背中を曲げて、俯いた少年に語りかけた。目線を合わせるようにして、彼の黒瑪瑙のような目が少年を見る。
「あのね、これは私が、私の知り合いの学者から聞いた話なんです」
少年は顔を上げた。
武器屋は続ける。
「人のなきがらは、死んだら土になるんだそうです。肉も骨も、いずれ土に戻るんだそうです。その土が何になるか、ユージンは知ってますか?」
「……解らない」
「土はね、木を支えます。木は、大きく育って、実をつけますね。木がたくさん集まったら、森になりますね。森は、命を沢山育みます。土は、命の大本なんです。人は死んだら、命になるんです」
「命に」
「そうです」
トルネコは大きく頷いた。
「勿論、土だけじゃ駄目らしいです。私はあんまり賢くないので、そのへんは解らないけど、水とか、お日様も、要るみたいなんですけどね。でも、どっちにしろ、土がないと駄目なんです」
「うん」
「ユージン、あなたの大切なひとたちは燃やされてしまったと、あなたはさっき云ってましたね。灰は、土に力を与えてくれるんですよ。そして自らもいつか、土に還ります。あなたの大切なひとたちの体は、大地に還りました。そして、私たちを育むものになってくれたはずです」
「ぼくらを」
「きっとそうなんだと思います」 トルネコは云う、彼の言葉は解り易く、そして、優しい。「今はまだ、悲しくてそれどころじゃないでしょう。でも、こうやって考えてみてはどうでしょう。土に還ったあなたの大切なひとたちは、きっと姿を変えて傍にいてくれていると」
少年の双眸が涙に揺れている。彼は必死で考えている。
「トルネコさん」
ユージンは云う。
「その話を、もっともっと聞かせてくれないか」
「いいですとも!」
トルネコは笑う。いつも朗らかな彼の顔が、まるで戯画の太陽のようになる。
「私も、難しかったけれども興味があったので、いろいろその学者さんに話を聞いたんです。その受け売りでよければ、いくらでもお話しますよ。そう、いつかその学者さんご本人と会ってみてもいいかもしれませんね」
少年は頷く。そして手の甲で涙をぬぐう。
「その学者さんって、どこに住んでるんだ?」
「今はどこにいるんでしょう? 世界を旅して回っている方なのでね。何せ世界は広いですからね……ひょっとしたら、氷山の海の中で出会うかもしれない……岩山の頂上で出会うかもしれないし……石灰の塔の森の中で出会うかもしれない。でも、きっと、いつかどこかで、お会いできるでしょう。お互いが元気でいれば、縁の糸ってつながって行くものです……私たちがこうやって出会ったみたいにね」
「石灰の塔の森?」
「そういう世にも不思議な景色が、世界のどこかにあるんだそうです。……聞きたそうな顔をしていますね、ユージン? でも、今日はここらで止めときましょう。明日は早起きですから」
武器屋の話は、まるで魔法のように、少年を哀しみの発作から助け出す。ユージンの蒼白だった顔色は、いつしかいつものような温かみを取り戻していた。彼の脳裏には、未だ見ぬ石灰の森が茫漠と広がり始めている。それはそのまま少年の好奇心の広がりであり、閉じた心が再び息を吹き返す先触れであった。そしてそれは、優しくて辛抱強い姉妹には為しえない方法で、この見聞の広い、勇気と稚気に溢れた武器屋が、少年の本当の心の片鱗を擽った瞬間でもあった。
「じゃ、あたしたちも部屋に戻ろうかな」
マーニャが、ユージンの肩からするりと腕を抜いた。
「そうね。おやすみなさい、ふたりとも」
立ち上がる姉妹に、少年は声をかける。
「おやすみ。明日がふたりにとっていい日でありますように」
「あなたにもね、ユージン」
「おやすみなさい、おふたりとも」
「おやすみなさい、トルネコさん」
扉が閉まった。
「……さあ、我々も寝ましょう、ユージン」
トルネコはそう云うと、羽織っていたベストを脱いで寝台に横たわる。スプリングが大きな軋みを上げた。
ユージンもごそごそと羽根布団の中にもぐりこみ、寝台の傍らの灯りを吹き消した。部屋が真っ暗になる。
「おやすみなさい、ユージン」
「おやすみ、トルネコさん。……今日は、ありがとう」
「何がです?」
トルネコはやさしく問い返す。まるで、彼が少年のために尽くした言葉や砕いた心など、何と云うこともありませんでしたよ、とでも云うかのように、さりげなく。
「……なんでもない」
ユージンはそう答えて、布団を頭までかぶった。そうしないと、再び涙がこみあげてきたことを、トルネコに気取られそうだったから。
そしておやすみ、父さん、母さん、シンシア。
少年は旅立ってから殆ど初めて、彼らに語りかける。
勿論、いらえはない。けれども、ユージンには、彼らの囁きが聞こえたような気がしてならなかった。

 


2008-9年ごろ個人サイトで初出、2021年5月にpixivに掲載。
以下は、最初にサイトにアップした時のブログでの更新報告から抜粋です。
ーーー
ドラクエで巡れる世界は、広いんだろうか狭いんだろうか。そんなことを考えます。
きっとすごく広いんだろうと思います。
あのドット以上の世界が広がってるんだろうなあ、なんて。
きっと色んな考え方の人が暮らしていて、いい人も悪い人もいて、いい魔物も悪い魔物もいるんだろうなあ、とか、色んな仕事があるんだろうなあ、とか、どんなお祭りがあるんだろう、とか。
季節の移り変わりとか、天候とか、そんなことがあの世界の人たちの生活にどんな影響を与えてるんだろう。この国は山ばっかりだから、きっとこんな風に皆暮らしてるんじゃないかな。そうすると、皆こんな服着たり、こんな食べ物食べたり、してるんじゃないかな。
なーんてことを、うだうだうだうだ考えております。
そして、それが雑多であれば雑多であるほど、ワクワクします。
道徳、死生観、規範、宗教、そういったものがいっぱいあればいいのに。それでいて、ドラクエ世界の、あの人々の大らかさが、それを共存可能にしていればいいのになあ。なんてことを思います。人の死の悼み方ひとつとっても、それを色んな角度から考えてる人がたくさんいるような、そんな世界だったら面白いのになあ、と。

そんな私のホゲーッとした想像を、導かれし皆が雑談したおはなしをアップしました。
そしてその雑多な感じが、ユージンを励ますようなおはなしにしました。
そしてトルネコさんのことを書きたくて、ご登場願いました。
新しいおはなしはそんな感じです。

と云う思いを詰め込んでちょっとわざとらしい感じになってしまったかもしれません。ちょっと綺麗過ぎたかと思わなくもないです。ですが、まあ、いいとします。
私の書くドラクエは、どうも、おとぎばなしチックなので。

時系列的にはブライに出会った夜のアネイル、と言った感じです。ブライはまだそんなに親しくないしクリフトが寝込んでいるのでそっちの看病でもしてるんでしょうww
話の中に出てくる「石灰の塔の森」は、カッパドキア的な何かをイメージしました。
私のドラクエ話づくりにドラクエワールドマップと世界遺産の資料は欠かせねえっす。