Killing me softly - 2/2

薄闇に、衣擦れと吐息が満ちている。
男と女は無言で抱き合っていた。
触れ合う肌が熱を伝え合う。指先と唇が互いを求め合って宙をさまよう。男は女の両膝を掴んで脚を開いた。熱のこもった声で問う。
「……良いか?」
「うん」
女は頷く。男は心得たとばかりに体を動かした。
「──あ、はぁ、あ」
女の──キングの、口紅がすっかり落ちた唇から淫らな声が溢れる。恋人の男根の侵入を受け入れて、彼女の肉体は悦びに打ち震えた。目尻に涙が滲む。
するりと隙間なく、二人は重なった。休む間もなく、リョウがささやく。
「動くぞ」
「うん……あ、あ、あん、あ」
男が動くたび、女の脳裏に電流が走る。キングは声を抑えることが出来なかった。男が与える快楽が、彼女の意識をいつもと違う場所に連れて行こうとしていた。
リョウはこんな時でも優しかった。行為に至る前、彼女に最初に触れるとき、彼女の中に這入るとき、彼は必ずキングの意向を尋ねた。彼女が嫌なことは──リョウにされることで、彼女が嫌だと思うことはほとんど無かったが──決してしなかった。キングが今まで体を許した男達は、普段どんなに紳士的であろうと、いつもその局面では欲望に負けて性急だったと言うのに。
そしてリョウは、そうやってキングを思いやる我慢強さを持ちながらも、いざとなれば強く彼女を求め、深く愛した。男の自制心と欲望のバランスの保ち方に、女は男の心の強さをいつも思い知るのだった。
その強さとまっすぐさは、キングが愛してやまないものだったが、時として彼女の心に屈折を起こすこともあった。彼が強ければ強いほど、キングは己の弱さを知ることになる。ギャングの子飼いとして生計を立てていた頃の忸怩たる思いと自己嫌悪が、稀に、ごく稀に、彼女の胸に蘇ってくることがあった。
そして今、この時も。
キングはリョウの肩を強く掴んだ。リョウが動きを止める。
「どうした? 痛かった?」
快楽を不意に封じられても、リョウは不満を表さなかった。
「痛くない」
キングは答え、体を無理矢理起こし、リョウの上に馬乗りになった。
リョウの男根に手を添え、自らの中にもう一度導く。熱と硬度がキングに新たな快楽をもたらしたが、キングはその波に耐え、動かずに男を見下ろした。
「どうした? キング──」
キングは無言のまま手を伸ばして、リョウの胸の突端をなぞる。リョウは深い吐息を漏らした。何度も指を滑らせると、胎内に収めたリョウの分身がより硬く、熱くなった。それでもキングは動かず、執拗に愛撫を続ける。さすがのリョウも焦れたように眉を顰め、キングを見つめた。普段は朗らかな男の艶かしい視線は女の官能を揺さぶり、内側を濡らした。
「欲しい?」
キングが問う。リョウは頷く。キングはゆっくりと腰を上下に動かす。リョウの感に堪えないような深い溜め息が、キングの耳に届いた。キングは体を動かしたまま、リョウの首に手をかけた。
「ねえ、首を絞めながらすると、すごく気持ちいいんだって」
「そう、なのか」
「してもいい?」
「やめてくれ。おっかない、よ」
陶酔と困惑の入り混じった表情でリョウは答える。
どれだけ意地悪をしたら、この人は優しくなくなるのだろう、そんなことをキングは思う。夏の空のように明るい、温和な恋人。幼い頃の、想像を絶する苦境にも一切歪められなかったその強さ、自分には無い彼の魂の美しさがどれほどのものか、確かめたくなる。私は彼に嫉妬しているのだろうか、それとも、彼の強さが怖いのだろうか。彼ほどには強くない自分が、いつかその弱さゆえに見限られてしまうのではと、理由もなく恐れているのだろうか。
「リョウ、私のこと、乱暴にして。犯すみたいに、して」
キングの腰の動きはいつしか激しさを増し、声には喘ぎが混ざっていた。途切れ途切れに発した女の言葉に、男は彼女と繋がったまま体を起こした。
「そんなこと、したくない」
「どうして? 優しく、殺すみたいに。首を絞めながら、してよ」
熱に浮かされたような目つきで自らを見据える女の頬をリョウは手で挟み、唇を塞いだ。ややあって、離れる。
「お前が本当に望んでないことは、しない」
リョウは言う。
キングは何も答えられなかった。リョウは続ける。
「俺のことを試さないでくれ。そんなことしなくても、俺はいつでもお前のことを大切に思っているから」
「リョウ」
キングはリョウの目を見、すぐに目線を伏せた。俯いた彼女の顎に手をかけ、リョウはキングの顔を覗き込む。
「続き、してもいいか?」
「……うん」
リョウはキングに口付ける。優しいキスを、彼女は目を閉じて受け止めた。
リョウの手がキングを求め、体が再び動き出す。キングの唇から嬌声が漏れる。

その日、男は女を愛した。ただ優しく、ただただ深く。それが、この世でたったひとつの真実の証であるかのように。

fin.

 


2022.2.19 pixivにて初出。相互フォロワー様から頂戴したヒントをもとに。
いつもの私の創作世界線ではなく、なんとなく龍虎寄りの世界観で、本編から何年か後の感じを想定しています。

結構短い時間でサクッとできたのは相互さんがくださったヒントがあまりに素敵だったからです。同じタイトルの映画があり、ホアキン・フェニックスが主演を務めているそうです。私は観たことないのですが、サイコスリラーみたいな作品だそうですね。
タイトルの言葉を聞いた途端に広がってきた映像を言葉にしたイメージです。