エンドールのような都会とは違う。あの王都は喧騒の中にあるのが常で、五月蝿くても埃っぽくても当たり前─であったが、この町がそんなに大きな町だとは聞いていなかった。
明日から、深い森を往く。その準備のために、この町を宿に選んだ。街道筋の、そんなに大きくもない、この町を。
「なんだか随分とにぎやかですねえ」
武器商人が目をしばたたかせながら、感嘆したように云った。
「もしかすると、謝肉祭かもしれぬ。この辺りは収穫祭と謝肉祭を同時に行うと聞いておる」
魔法使いが答えた。
「ああ、恵みの女神を祀る季節ですね」
「女神?竜の神様は女性なの?」
ブライの言葉に首肯したクリフトに、主君の姫が尋ねる。
「いえ、そうではないのです。この地域がブランカ領となり、各地にブランカ国教の教会が出来る前から、この地の民草が崇めていた神様がおわすのですよ」
「へえー」
「実りの女神様だけではないですよ、アリーナ姫。商売の神様だっていらっしゃいます。…お祭りだとしたら、宿が混むかもしれませんねえ。この街には顔見知りがいます。どれ、ひとっ走り行って、宿を押さえてしまいましょう。なに、いっぱいだったとしても、何とかしてもらえるでしょう。皆さんはどこかで待っていてください。」
トルネコがユージンに合意を求めるかのように顔を向けた。ユージンは頷く。
「そうしたら、この辺りで待っていることにするよ。パトリシアも休ませたいし」
「わかりました。じゃあ皆さん、少々待っていてください」
「助かるよ、トルネコさん」
「いいえ、お安い御用ですとも」
世界中に“顔見知り”がいる武器商人は、器用にウインクしてみせながら、人ごみの中に消えていく。その大きな背中を見送りながら、ユージンは愛馬の背中を叩いた。白い愛姫は軽く鬣をゆすり、その慰めに答える。今日も一日、平原の中の街道を随分と歩いた。魔物の少ない地域だったので平和な道行ではあったが、薄い糊のような疲労感はぬぐえない。
「恵みの女神さまは、竜の神様と喧嘩はなさらないのかしら?」
「なんというか…話すと長くなるのですが…つまり」
講釈好きのクリフトがアリーナの問いに、やや眉をひそめながら口を開く。どのようにしてまとめて話せばよいのかという思案顔である。
「難しい話と長い話は勘弁してね。ここは教室じゃなくてよ」
姫は肩をすくめてからかうように笑った。ぐうの音も出ないクリフトを尻目に、ブライが口を開いた。
「つまり、この地にブランカ王家の支配が及ぶ前からすんでいた人々には、独自の神がおわしたと云うことですな。ブランカ王家の支配とともに、それらの神々は竜の神様の眷属として、またはラッキーのお守りのようなものとして、竜の神様の教えに組み込まれていったのです。無論、その過程においては多少の小競り合いもあったことでしょうがのう」
「ブライさま、お言葉ですが、そのご説明のなさり方はあまりにも歴史学的に過ぎます。わたくしは決してそういうことではないと思います」
碩学の老魔法使いに、神官は少し口調を早めて云った。
「いや、クリフト。姫様には“支配と宗教”の関係性についても理解をしていただかねばならぬ。特に我がサントハイム王家は、武力と魔力と宗教が絶妙の三位一体を保ったおかげで繁栄してきたお国柄」
反駁を加えるブライ。臣下二人の意見の相違を、マーニャが鉄扇をひらめかせながらからかった。
「ちょっとお、難しい話は宿のお部屋でしてよねえ。眠くなっちゃうわ」
そのとき、トルネコが太鼓腹を揺らしながら戻ってきた。
「無事、部屋が押さえられましたよ。早速ほこりを落として、ご飯と行きましょう。今日はやはり謝肉祭だそうですよ。美味しいお酒がいただけそうです」
宿は町の中心部の通り沿いの、なかなか瀟洒な建物であった。長い野営の日々を前に、娘たちがはしゃぎ声を上げる。
宿の主人は数多いるトルネコの“顔見知り”の中でも、親しい部類の者だったらしい。彼ら冒険者たちには珍しく、それぞれ個室が提供された。ユージンが仲間たちといったん別れて引き取った部屋は、寝台と鏡台、書き物机と椅子が設えられた決して広くはない部屋だったが、清潔に整えられており、寝具にはハーブの香りが焚き染められていた。鏡台には薬草と香草を調合した化粧水がかわいらしい壜に入って置かれており、娘たちを喜ばせそうだ。手入れの行き届いた部屋はどういう仕掛けか今しがたまで暖炉に火がともされていたかのように暖かい。
外套を脱ぎ、胸当てと篭手をはずす。長靴を脱いで室内履きに履き替えた。こわばった指先がほぐれ、疲れまでもが緩んでいくようだった。
もう宵の明星も出ようかという刻限なのに、窓の外は賑やかだった。酔客の嬌声や、荒くれ男たちの声ではなく、子供の声も大人の声も、皆一様にどこか華やいでいる。祭りの夜なのだ。
防具に押し込められた体を、四肢を伸ばすようにしてほぐしながら、部屋の奥へと向かって歩く。扉をあけると、そこは果たして風呂と洗面所であった。テラコッタとアイボリーのタイルを交互に敷き詰めた、凝ったデザインと、さわやかな石鹸の香り。今まで泊まった宿の中でも、立派な部類だった。
(これじゃあ、明日からの野営にマーニャとアリーナが文句を云いそうだ)
ユージンは苦笑しながら服を脱ぎ始めた。少年にとってすら、清潔な風呂は久方ぶりで、とても心地よかった。
風呂から上がり、防具もつけず、長剣を携えただけの軽装で、階下の食堂に下りていった。食堂と云っても、いつも泊まる宿のような大衆食堂然としたものではなく、白いシャツと長いエプロンをつけた給仕が軽やかに動き回るような、洒落た店である。じゃっかん面食らいながら少年が入り口から奥をのぞくと、これまた軽装の王宮戦士が、彼に気づいて手を振った。少年は会釈して店の中に入る。給仕たちが少し気取った声で、彼を出迎えた。
食堂は食事時であったが、思ったより空いていた。テーブルに集っているのは、男たちだけだった。皆それぞれ、麦酒の注がれたジョッキを手にしている。
「他のみんなは?」
勧められた席につきながら、近寄ってきた給仕に「ぼくも麦酒を」と声をかける。給仕は頷いて、すぐさま黄金色の酒がなみなみとあわ立つジョッキを手にして現れた。
「御髪を梳いたり、化粧をしたり。女の準備に時間がかかるのは、太古からの普遍の真理じゃて」
老魔法使いが愉快そうに笑う。
「ご婦人方がいらしたら、食事にしましょうか」
「そうですね。…あ、姫さまがいらっしゃいました。失礼」
クリフトがロビーに降り立った主君を迎えるべく立ち上がった。
「食事時なのに、結構空いているね」
ユージンが誰ともなしに云うと、ライアンが頷いた。
「みな、祭りを見に行っているのではないかな。ユージンは外を見たか?神殿前の広場に舞台があって、その周りを屋台が囲んでいた。すごい人出だ」
「いや、すぐ風呂に入ってしまったから…。そうか、祭りだから、みんなそっちに行ってしまっているのか」
「私たちも行きませんか?」
トルネコが笑う。
「さきほど知人に聞きました。実りの女神と狩の女神をお祭りするのだそうですよ。ブライさんがおっしゃったとおり、この辺は収穫祭と謝肉祭を同時にするのだそうです。今年の初葡萄酒と、最後の熊を捧げるのだそうですよ」
「行ってみたいな」
少年が好奇心に目を輝かせたその横で、いつの間にか着席していたアリーナの巻き毛がゆれた。
「私も行ってみたい。マーニャとミネアが来たら、みんなで行きましょう」
アリーナの席の前にも麦酒が供される。乾杯、とジョッキを合わせ、各々酒精を呷った。
「祭りといえば、フレノールの花祭りを思い出すわ」
問わず語りにアリーナが云う。クリフトがあの町は、と引き継いだ。
「フレノールはサントハイム王国建国のさい、最後まで王家と争った豪族の拠点だった町です。かの町にも、竜の神様とは違う神様を祀るものどもがいたと聞き及びます。花祭りは、その祭祀の名残だそうです」
「ふうん。色々なところに、そうした神がいらっしゃるのね。世界は神さまでいっぱいね」
アリーナが快活に笑った。
「それにしても、花祭りは楽しい祭りなの。フレノールはもともと土が肥沃で、農業の傍ら花も作っているの。その花が咲き誇る時期に、フレノール中が…道路も、家も、噴水も、何もかもが!花で埋め尽くされるのよ。とてもきれいな眺めだし、私たち王族の人間も毎年楽しみにしているわ。全身を花で飾り立てた娘たちの踊りもきれいだし、ちょうど早稲の麦の刈り取りの時期と重なっているから、食べ物もとても美味しくて…そっか。花祭りも、フレノールの収穫祭のようなものなのね。じい、そういうことでしょう?」
「その通りでございます」老魔法使いは白髯をしごいた。「実りと神、食物と神には此れこのように密接なつながりがありますでのう。太古より、われわれは作物の実りや、獣の収穫の成功を、人ならぬ存在にお祈りしてまいった。その祈りの顕現が、竜の神様であり、フレノールの花祭りであり、この町のこの祭りであるのでしょうな」
「なぁに、まださっきの続きをやってんの?」
紫水晶のような髪の毛を揺らめかせ、姉妹が現れた。二人とも唇に薄く紅をひき、目元に真珠の粉を刷いている。
「ブライさんとクリフトさんにかかると、なんでもお勉強の時間になっちゃうのね」
ミネアが微笑む。
「マーニャ、ミネア、祭りを見に行かないか?」
「いいわね。でもあたしたちも、麦酒を飲みたいわ。それとも、お待たせしてしまったから、駄目かしら?」
踊り娘の返答に、仲間たちはとんでもない、と首を振る。姉妹のために空けてあった席の前にも、満を持してジョッキが置かれ、8つのジョッキは高らかな音を立てて触れ合った。
麦酒と前菜で空腹を軽く満たした冒険者たちは、宿を出て町の広場に至った。白い石造りの、町の中でもひときわ立派な神殿の前の広場には、さきほどライアンが云ったとおり、大きな舞台が設えられている。その周りを屋台が所狭しと取り囲み、こなたかなたから肉の焼けた匂いや砂糖の焦げた甘い匂い、香具師たちの威勢のいい呼び込み声が上がっている。往来は人でごった返していて、ともすれば仲間を見失ってしまいそうになる。ユージンは慣れぬ人ごみの中、すれ違う人の肩に触れては謝り、足を踏んでは詫びているうちに、気がつくと舞台のまん前まで押し出されてしまった。そこは今か今かと舞台の上の出し物を待つ人々がひしめき、身動きが取れそうになかった。
どうしよう、と逡巡としていると、こつんと背中を小突かれた。振り返ると、マーニャとミネアが笑っていた。二人の化粧が、舞台の周りの灯りに反射してきらきら光る。珊瑚の粉を刷いた唇はとてもあでやかで綺麗だ。
「マーニャ。ミネア」
「絶対はぐれると思ったの、あんた。こういうとこ、慣れないでしょ」
マーニャが笑うと、彼女の髪飾りが揺れた。ユージンは素直にうなずいた。
「エンドールに初めて来たときみたいだ」
「そうねえ。まああっちのほうが、よっぽど大都会だけどねえ」
「ユージン、テラスに席を見つけたの。みんな、あなたを待ってるわ」
「そうか。僕だけはぐれたんだ」
「そうよお。あっというまにどっか行っちゃうんだもの。みんな“ユージンらしい”って笑ってたけどね」
少年は少し恥ずかしくなる。仲間たちの中でも、ライアンやアリーナたちは宮廷人だ。長年の旅の過酷にさらされてきても、所作や言葉遣いに典雅を感じるときがある。トルネコはそれこそエンドールで一財をなした人間だし、マーニャとミネアも南西大陸の大都会、享楽の都モンバーバラで生業をたてて来た。自分だけが、山奥の小さな村で、村人以外の人としゃべったこともなく大きくなってしまったのだ。いかにも世慣れてない、そんな自分と、仲間を思わず比べてしまった。
「行こう、ユージン」
マーニャがユージンの手をとる。その笑顔は太陽みたいに明るくて、ユージンのそんなちょっとした羞恥を吹き飛ばすようだ。事実彼女の手は温かく、友愛に満ちていた。
ユージンはふと思い出した。彼女らに初めて出会ったときのことを。「行こう、ユージン」。「一緒に行こう」。そのときも彼女たちは、自分の手を取ってくれたことを。その手が今と寸分たがわぬ温かさで、少年の胸を温めたことを。
その手を頼りに人ごみをどうにかこうにか掻き分ける。屋台の並びの奥は簡易のバルコニーになっていて、そこで屋台の食べ物や飲み物を食べながら、舞台を眺められる趣向になっていた。仲間たちはそこで2つのテーブルの上に、所狭しと酒や料理を並べていた。
「ああ、来た来た」
3人の姿をみとめ、トルネコが笑った。
「どこで迷子になっとったんじゃ」
「気がついたら舞台の方に行ってしまってたんだ。みんなの姿が見えなくてびっくりした」
ユージンが正直に云うと、仲間たちは笑った。そんなことだろうと思った、でも、おかえり。そんな笑顔だった。
「ユージン、お酒はいかが。今年最初の葡萄酒だそうですよ」
そう云ってクリフトが、ユージンの腰掛けた前のグラスに壜を傾ける。赤い葡萄酒が注がれ、新酒ならではの青い香りが立ち上った。
「ありがとう」
「今年の葡萄酒は、さきほどの宿屋の主人いわく、イマイチだそうで。ちょっと酸味が強すぎるかもしれません」
「なになに、新酒は飲むことに意義があるというもの。ユージン、乾杯しよう」
ライアンを先頭に、皆がそれぞれ飲みかけのグラスを、ユージンのグラスにカチンカチンと当てていく。ユージンはグラスを唇に運んだ。まだ熟成されきっていない、硬くて青い味わい。ユージンは思わず眉をしかめる。仲間が笑った。
「この青っちい感じが、ユージンそっくりだね」
マーニャがからかい半分で云う。
「これから年を経るごとに美味しくなっていくといいけど」
ミネアも同調し、ユージンは自分のことにも関わらず、思わず吹き出してしまった。
「人も酒も、齢を経るほどに旨くなっていくものじゃ」
ブライが云った。老人の言葉には含蓄があった。
舞台のほうが不意に明るくなった。松明がともされたのだ。それと同時に屋台や街路の灯りが弱められ、舞台が赤々と浮かび上がった。
神殿から白い衣に身を包んだ、ユージンやアリーナと同年輩の少女たちがしずしずと舞台に上ってきた。彼女たちの肌が松明に炙られてめらめらと燃えるようだ。陰影がめくるめくように変わっていく。少女たちは舞台の上に六角形の頂点をなすように並んだ。そして、ひざをかがめ、頭を垂れた。
沈黙が下りた。松明が燃え上がる音が、時折それを乱した。
ひゅう、と笛がその沈黙を裂いた。
笛が、太鼓が。
巫女姿の少女たちが顔を上げた。緊張していた先ほどの表情とは面差しが変わっている。それは神に仕える巫女の顔であり、神に愛される法悦と恐悦をはらんでいる。彼女たちの官能的な曲線を保った腕が、衣に隠された柳腰が、楽に合わせて動き出す。楽は神秘をまとい旋律を分厚くさせていく。幾重にもからんだ笛と太鼓の音が、松明とともに夜気にとろけていく。松明のあやういゆらめきと、少女たちの舞が幻のような影を舞台に落とす。
ユージンは心を奪われた。祈りの官能に。そして離れた場所で踊る少女たちに、恋人の面影を見た。
かの人は踊りがたいそう上手だった。祝い事のあった日、村人たちが集まると、人々は恋人に踊りを乞うた。彼女の踊りは、マーニャのようにあでやかでもなく、技術もなかったが、まるで水面をすべるような滑らかさを持っていた。ユージンは恋人が舞い踊るときの清雅な笑みをいつも胸ときめかせながら見つめていた。
胸が締め付けられるようだった。
不意に、隣で洟をすすりあげる音がした。ふと見ると、アリーナが椅子の上で行儀悪くひざを抱えていた。
いつもならたしなめられそうなその仕草を、ふたりの従者もとがめようとはしなかった。姫の鳶色の瞳は涙をたたえて濡れ、ゆらゆらと揺れていた。唇は引き結ばれ、何かに耐えているようだった。
郷愁に胸を突き上げられていることはすぐにわかった。なぜならユージンもまたそうであったから。
初めて訪れた場所で、初めて見た光景であるのに、その舞と楽の音は、彼らの中に大切にしまわれていた、かつての温かい何かを不思議に揺さぶった。恋人の面影や、華やいだ故郷の祭りや、そのとき傍にいた家族の手のひらや、言葉、そんなものどもを。
そしてきっと、さっき熱心に話していた、フレノールの花祭りのことを思い出しているのだ、アリーナは。
そして祭りのことばかりではなく、きっと一緒にそこを訪れた、父王と交わした言葉や、父王に関わるすべてのことをも、彼女は思い出しているのだ。
アリーナの故郷は光を失い。
マーニャとミネアの故郷は理不尽な暴力で奪われた。
トルネコは夢のために故郷を捨て妻子を残し。
ライアンもまた故郷を長い旅の向こう側に置き去りにしている。
皆が、封じ込めていた郷愁と、さまざまな形で向かい合っている。ユージンにはそれがわかった。ユージンもまたそうだった。父と母と恋い慕ったひとと。泉と牛と花畑と。木刀でしごかれたり、魔法のてほどきを受けたり、そんななかで年に数度めぐってくる祝いと祭りの日。幼いころから胸に刻み込まれたシンシアのきれいな舞い。
ユージンの脳裏をそんな映像がめぐる。彼の碧空の瞳は、目の前の巫女舞を映しながら、その映像を覗き込んでいる。
笛の音が高まり、神に届けと云わんばかりに激しく夜をねじり、少女たちは6人がひとつの有機体であるかのように複雑な足踏みを見せ衣をひらめかせる。少女たちの頬は上気し、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。舞と楽が渾然と絡み合い、濃密な神への奉仕を醸す。彼らは人でありながら人ならぬ者へと徐々に姿を変え、彼岸と此岸のあわいを間近に引き寄せる。
恵みの女神が、微笑んで、ちらりと。
人間たちの矮小で懸命な舞を、楽を、愉しんだ。
ユージンはその瞬間、そんな気がした。空気が変わったような気がしたのだ。それはもしかしたら最高潮まで高められた楽の所為だったのかもしれない。もしくはユージン自身の酔いの所為だったのかもしれない。だが彼は、そうは感じなかった。その場に降り注いだ峻厳で温かいそれを、確かに感じ取った。
その直後、舞いは終わった。少女たちは再びひざを折り頭を垂れた。笛の最後の残響が、ユージンの鼓膜を揺らした。
再び沈黙が下りた。
刹那。
わあっ、と歓声が上がった。舞台の周りにひしめきあっていた人々がいっせいに両手をあげ、神への供物が無事に捧げられたことを言祝いだ。群集の中から次々と、麦酒のジョッキが交わされる音が聞こえ、屋台の灯りがまた明度を増した。さきほどの沈黙がうそであったかのように、広場はまた喧騒で満たされていく。少女たちは舞台に上がりこんだ村人たちのねぎらいを受け、普段どおりであろう、年齢相応の幼い笑顔でそれに応えていた。
音楽が再び、弦も交えた耳慣れたものに変わった。それに合わせ、人並みが揺れる。舞台の上では、酒精に頬を染めた若者たちが、手を取り合って踊りだしている。
「いやはや、素晴らしい」
ブライが感に堪えないように呟いた。
「いいものを見ることが出来ましたねえ」
トルネコもうなずく。
「感激して涙が出てきちゃった」
アリーナはすっかりいつもの表情になって、かわいらしく洟をすすって見せた。
「素敵だった。フレノールのお祭りを思い出したわ」
「あたしも踊りたいなあ」
マーニャがしなやかな脚を伸ばす。
「ユージン、踊ろうよ!」
「えっ、僕はいいよ。そんなに上手じゃないし、だいいちよくわからない」
「それならライアンさん、踊ろうよ」
「私か」
王宮戦士は踊り娘の突然のご指名に面食らったようだったが、笑ってうなずくと、剣を置いて立ち上がった。
「突っ立っていることくらいしか出来ぬが、お供しようか」
「大丈夫、それで十分よ。アリーナもクリフトも、行こうよ」
「えっ、わたくしもですか。わたくしも踊りは不得手なのですが」
「上手だって下手だっていいのよ。楽しければ」
マーニャは尻込みした神官に、魅力的に笑いかける。そしてまた、ユージンを見た。
「ユージンもだよ。体が命ずるままに動けばいいの」
再度の誘いに、少年も立ち上がった。
「わかったよ…笑わないでくれよ」
「私も行くわ」
ミネアが立ち上がる。
「行ってくるがよい。わしはここで見ておるよ」
「私も残ります。踊りは不得手どころではないし、第一このお腹じゃ皆さんに迷惑ですから」
トルネコの諧謔に、皆が笑った。
舞台の上は松明に照らされ、若者たちの熱気でひどく暑かった。それでもマーニャはそわそわと皆を急かし、果敢にも舞台の真ん中に陣取る。
「で、マーニャ、何を踊るのかな?」
「南西の情熱を踊るわ。ライアンはあたしを支えていてね」
そういうとマーニャはライアンの手を取り、軽く慣らすようなステップを踏んだ。
ライアンも心得たもので、彼女のステップに合わせて体を揺らし、彼女の手を優雅な角度で導く。
「クリフト、サランの踊りを踊りましょうよ」
「かしこまりました。なんだか懐かしいですね」
アリーナとクリフトも向かい合って、チャーミングにお辞儀しあう。マーニャとライアンの踊りが官能と華麗を秘めたものなら、主従のそれは少し鄙びた、可愛らしいものだった。
「ミネア、僕は本当に踊りを知らないんだよ」
「大丈夫よ、ユージン。見よう見真似で」
ミネアがやさしく笑ってユージンの片手を持ち上げる。ユージンの脳裏にシンシアの踊りがまた浮かんだ。
シンシアみたいには行かないだろうけれど。
ユージンは恋人がかつてそうしたように、音楽に合わせてステップを踏み始めた。
それに合わせて動き出したミネアの肩越しに、白々とした月が光って見えた。おっかなびっくりやってきた夜が、やっとどっしりと腰を落ち着けた、そんな刻限を示す高さだった。
ユージンは空を見上げた。人々の歓声と音楽が、吸い込まれていくようだった。
個人サイトで発表していたドラクエ4の小説です。2008年初出、2021年5月にpixivに掲載。
これがいちばん初めにアップした作品です。とても思い出深いものになりました。