明日があるじゃないか

 野営の晩である。
木立のはずれに冒険者たちは幕営を作り、あるものはその中に、またあるものは馬車の中に、思い思いに寝床をこしらえている。白い名馬パトリシアもまた、一日の労働を終え今は夢の中だ。
たき火が赤々と燃えている。炎にあぶられているのは、ユージンとライアン、そしてトルネコである。
彼らは焚火で湯を沸かし、珈琲を飲みながら、夜番の時間を過ごしていた。
時折、炎の中で薪がはねる。そのパチパチと云う音と、常に姿を変える火炎をユージンは飽かず眺めている。少年はたき火を眺めるたび、原初の力とは炎ではなかったのか、と云うような感慨を抱く。大風や瀑布もまた猛々しく、人はそれに抗う術など持たないが、炎の持つ力は更に神聖なもののように少年には感じられた。
男たちは交替で眠り、起きている間は油断なく周囲に気を配っている。今はトルネコが寝ている番であった。彼のくるまる寝袋は、彼の太鼓腹に盛り上げられ、他の人間のそれよりもふた回りほど大きく見えた。中からは呑気な鼾が聞こえてくる。
「ユージン」
はす向かいの戦士が、少年の名を呼ぶ。
「何?」
少年は気易く答えた。
「おぬし、旅が終われば、どうする」
戦士は唐突に問うた。
ライアンは少年の育ての父親より10歳ばかり若い。長い旅に晒された顔には深い皺が刻まれ、白髪交じりの髪もあってか、ともすれば年齢よりもすこし老けて見えた。祖国で黒鷲とあだ名されているのは、鋭すぎる眼光や猛禽の爪のごとき剣技の冴えばかりが由来と云うわけでも無く、もしかしたら鼻の形や浅黒い肌の所為もあるのかもしれなかった。
「どうする、って……」
少年は云い澱んだ。
と云うよりも、実のところ、彼は“旅の後”と云うものを考えたことが無かった。少年は常に今日を生きるので必死だったから。
「旅が終われば、バトランドに来ないか」
意外な言葉に少年は目を瞬かせ、剣の師でもある戦士を見た。
「おぬしほどの腕前なら、栄達出来る。バトランドは常に強き男を望んでいる」
「……」
少年は、かの北国を思った。夏でも陽光は薄く、土地は痩せていた。けれども人々は素朴で、温かく、痩せた土地を丹精しながら大麦小麦を育てている。そんな農民たちや商人たちから、王宮戦士たちは率直な尊敬のまなざしを浴びていた。誇り高き王宮戦士たちは、みなどことなくその実直さが目の前のライアンに似ていた。
王宮戦士の証である緋色の外套マントを翻す自分の姿を、ユージンは頭に思い浮かべた。思ったよりも悪くなかった。
「……うん、でも、一回は村に戻りたいんだ。まだみんなの弔いも済ませていないから」
「そうか」
「その後のことは、まだ考えていないけど」
「いつでも歓迎するぞ」
「……ありがとう」
少年は笑った。常に、さりげなく己を気にかけてくれているライアンの優しさが、そっと少年の心をほぐした。
ライアンは傍らの枝を、焚火の中に放り込んだ。赤い炎がめらっと、闇の中で身をよじった。そのまま、ライアンは立ち上がり、安らかに上下を繰り返すトルネコの寝袋を叩く。
「トルネコ、交代だ」
「……もうそんな時間ですか?」
思いのほかあっさりと太っちょの武器屋は目を覚まし、寝袋から身を起こした。
「では、2時間後に」
「少し暗いところで寝る。何かあったら起こしてくれ」
「解りました」
下草を踏みながら、長身の戦士は去る。
「ユージン、寒くはないですか」
外套を羽織りながらトルネコはユージンの向かい側に腰を下ろした。少年は首を振る。
「平気さ」
「珈琲はいかがですか?」
「ありがとう、でもあんまり飲むと眠れなくなっちゃうから」
「そうですか。わたしはいただきますよ」
そう云ってトルネコは、焚火の上で湯気を立てる薬鑵ケトルの取っ手に器用に枝を通して、火から上げた。
トルネコが豆をひき、珈琲を漉すのを、ユージンは何気なく眺めていた。口の端に笑みを湛えながら珈琲を淹れる武器屋の姿を見ているだけで、楽しい気分になった。
「何ですか? ユージン。珈琲飲みますか?」
少年の視線に気がついて、トルネコの相好が崩れた。
「何でもないよ、珈琲も要らない」
「そうですか」
砂糖も練乳も無いので、濾過したままの珈琲を鉄葉ブリキのカップで啜りながらトルネコは云う。あちち、と云う呟きにユージンは笑いを誘われた。
「ユージン」
「何?」
「さっきのライアンさんの話ですけど」
「聞いてたの?」
「目が覚めてしまいましてね」 トルネコは底抜けに人のよい笑顔を浮かべた。「あなたは本当に強いけれど、そのまま剣士になる必要はないと、わたしなんかは思うんです。いえ、ライアンさんのお気持ちを無下にしてる訳じゃないんですよ。ただ、あなたは剣も使えるけど、頭がいいですから。それに何より、若い。何でもできます」
「何でも? そうかな。ぼくは……トルネコみたいにお金も無いし、アリーナたちみたいに身分も無いし、マーニャやミネアみたいに特技があるわけでも無いし……何にも無いよ」
「何を云っているのやら。わたしだってあなたくらいの頃には無一文でしたよ。のろまでいつも親方に怒られていましたし、貧乏な職人の家に産まれたんですよ」
トルネコはカップを地面に置くと、やっぱり練乳が欲しいなあ、とひとりごちた。そして、言葉を続けた。
「あなたには何にも無いとあなたは云うけど、あなたには全てがあります。培ってきた強い心があるじゃないですか。あなたが望む方に、あなたは人生を舵取り出来るんですよ。武芸だけじゃない。商売だって出来ますよ」
「商売?」 ユージンは商いをしている自分を想像した。武器屋の店先でしどろもどろになっている己しか思い浮かべることができず、少年は自分の想像に自分で笑った。「出来るかなあ?」
「たとえ話ですけどね。でも、本当にそう云うことだと思うんですよ。ライアンさんは、ユージンが持っているいろんな可能性の中から、ライアンさんがお手伝いできそうだと思うことを云ってくれたんでしょうね。わたしも、あなたが商売をしたいなら、及ばずながらお手伝いしますよ。あなたのためなら何でもします」
ユージンはくすぐったいような気持ちになって、肩をすくめた。
「……ありがとう」
少年の胸がじわりと熱くなった。その熱は眉間へ駆け昇って、鼻の奥までもがツンと熱を持つ。涙腺がゆるみそうになって、みっともない、と彼は背筋を伸ばす。
「一回、村に戻ってから──考えるよ」
「そうしなさい。心の赴くままにね。好奇心は大事です。何かをする前から思い煩って、心をすり減らしちゃ、いけませんよ。全てなるようになるし、あなたにはそれを裏付ける力があるんですからね」
「うん」
「そして気が向いたら、エンドールにいつでもいらっしゃい」
「うん」
少年は頷く。──ふと、人の気配を背後に感じた。剣の柄に手を掛けたまま、振り返る。
「……アリーナ」
「トルネコさん、旅が終わったらユージンを雇おうとしてるの?」
夜番から外れているはずだった彼女が外套をぐるぐるに巻きつけて、そこに立っている。軽やかに歩み寄ると、姫はユージンの傍らに腰を落とした。
「違いますよ。雇うだなんて」
「旅が終わって、行くところが無かったら、サントハイムに来ればいいよ! ユージンなら大歓迎よ」
アリーナはそんなことを云って、少年に笑いかける。
「うん」
旅の終わりは、もはや間近にあった。
来るべき終幕を迎えたとき(少年は全員が無事でその場にいられることを強く願った)、みな、故郷へ帰るだろう。自分にはそれがない。そうやって、どこかで旅の終わりを考えないようにしていたのかも知れなかった。
けれど、今仲間たちの中に在って、少年は愉快な気持ちになった。寄る辺なかった己が、固定されたような気がした。
何も無いけど、全部ある。
ひとりだけど、ひとりじゃない。
打ちのめされて、叩きのめされて、それでもぼくはまだ、ちっともへこたれてはいない。
「トルネコさん、珈琲ちょうだい」
「いいんですか? 眠れなくなりませんか?」
「もうすぐ夜明けだから、いいわ」
アリーナとトルネコのそんな他愛もない話に耳を傾けながら、少年は膝を抱えた。
胸の中に宿った温もりを、決して逃さないように。

 


個人サイトから移管したドラクエ4の小説です。2008-09年ごろ初出。2021年にpixivに転載。
以下は、更新報告のブログから。

実は、コナンベリーでマーニャが云うセリフが、DQ4の仲間のセリフの中でいちばん好きだったりします。
「うーん まったくもって悲惨な人だわ。
でも ま 生きてるんだから この先いい事もあるわよね」
2行目のセリフがすごい印象的で、なんだか元気づけられてしまったのです。
他にもマーニャさんのセリフは結構好きなものが多くて、「あたしの場合踊ってると楽しくて自然に顔が笑っちゃうんだけど」とかも彼女らしくて素敵だなあ~なんて思っていて、このセリフから「ナチュラル・ビューティー」というおはなしができたようなものなんですが、それはともかく、
生きてるんだからこの先いいこともある、ってわりと後ろ向きなエリッカにとってはすごく素敵な言葉に響いたのです。
素敵な言葉をもらって嬉しかった、私のそんな気持ちを、勇者君にお返ししました。
あ、あと、ライアンさんの天空城のセリフも大好きで。
「もし よければ 私とともにバトランドへ行きませんか? まあ 考えてみてください。」ってやつ。
このおっさん滅茶苦茶ええ人やなあ~、とホロッと来てしまったのです。
勇者もすごくうれしかったに違いないと思います。だもんで、丸パクリしてしまいました。
DQ4の勇者は出発があまりにかわいそうなので、そればっかりクローズアップされがちです。でも、仲間たちがいてくれたから、きっと最後まで頑張れたんだと思うんです。あんなに明るくて、素敵な人たちと一緒にいたら、絶対励まされたと思います。
最近、自分も周りも、しんどい人が多かったので、そんな明るいおはなしを書きたくなりました。
タイトルが相当安直ですが、ま、こういうストレートなのもたまにはいいか! と。