偶然散歩

回廊を抜け、前庭に出た。初秋の穏やかな日差しが彼に降り注ぎ、彼の黒髪の奥に隠された本当の色彩…菫青石アイオライトの艶をさらけ出させた。
助祭の位を示す苔色のストールと、白い法衣ローブが、細身の体を包んでいる。背筋をぴんと伸ばしてすたすたと早足で歩く、特徴のある彼の後姿を見とめ、アリーナはテラスのルーフに手を置いて、呼びかけた。
「クリフト!」
その声に彼は…クリフトはぴた、と足を止める。眩しそうに目を眇めながらこちらを振り仰ぐ彼の顔は、彼が翳した手に遮られて見えない。
当のクリフトからも、彼を呼び止めた主君の姫の顔は逆光の所為で暗く沈み、ただ彼女の豪奢な巻き毛が、陽光を透かして黄金に煌くのが見えるのみだ。
「これは姫さま」
眩しさに顔をしかめながら、神官は一礼した。
「お出かけ?クリフト」
「はい、サランまで薬草を買いに参ろうかと」
云いかけて、しまった、と思ったときにはもう遅かった。
「サラン?私も行く!」
云うが早いが、姫の姿が消えた。ほどなく軽快な足音と共に、アリーナが姿を現す。今日は珍しく、薔薇色のドレスなど身にまとい、手には大ぶりの帽子を携えている。
「姫さま、なりません。そんな気軽に」
「サランなんてお城の続きのようなものじゃない。それに今日の勉強も終わったわ」
「そうではなくて、万が一ということがございます。姫さまや王家に良からぬ思いを持つものがこれ幸いと姫さまに仇なさぬとも限りません」
「そんなやつ、蹴散らしてやるわ」
アリーナは身構え、正拳を突き出した。ひゅっと小気味のよい音がする。かつてたった一度、その拳の餌食になったことがあるクリフトは、渋面を作った。
「なりません。他のものが心配いたします」
「セルマには言付けたもの」
「どうせ、云い捨てて部屋を出て来られたのでしょう?」
「そんなことしないわ!ちゃんと“クリフトとサランまで薬草の勉強をしに行く”って云ったわよ」
「……」
クリフトは呆れて益々渋い顔になった。
アリーナはクリフトの顔を覗き込んだ。いつもは鳶色の瞳が、陽光を吸い込んで紅玉ルビーのようにきらきらと輝く。姫の顔と近距離で相対し、若い神官の胸は不用意に高鳴った。
「お願い、クリフト。私は無茶ばかりの怪我ばかりだから、クリフトが見かねて薬草のことを教えてくれたんだって、父上やうるさい方たちには云うから」
小鳥が囀るような声で、小首を傾げながら訴える、その愛らしさと云ったら。
この春、助祭に任じられたばかりの若い神官の目には、幼馴染の姫の無自覚で可憐な振る舞いは、ことさらにいとおしく映る。クリフトは内心で諸手を挙げた。降参です、そう声には出さずにひとりごちながら。
「…云っておきますが、用事を終えたらすぐ帰りますからね。カフェにも、小劇場にも、寄り道しませんよ」
アリーナの頬が喜色に染まった。
「やったあ!」
姫の小さな手がひらりとクリフトの手を掴む。神官がはっとする間も無く、アリーナは彼の両手と自分の両手を絡ませて、ダンスのように小躍りした。周囲を行き交う城のものたちが何事かと二人を見る。
「姫さま、手をお放し下さい…」
その視線に耐えかね、茹蛸のように赤くなったクリフトが、消え入りそうな声で嘆願する。アリーナは悪びれた様子も無く、まるでドアの取っ手から手を離すように執着なくクリフトの手から己の手を離した。そして帽子を目深にかぶり、ドレスの裾を軽く持ち上げて、梢を走る栗鼠のように軽やかな足取りで城の表門に駆けていった。その背中を呆然と見送りながら、クリフトは姫に握られた手を何度か開閉し、ふと我に返って、余計に背筋を伸ばして慌てて姫の後を追った。

アリーナの服装は、身分の高い者が着るとも思えないシンプルなものであった。城内の女たちが身につけているような、袖の大きすぎる飾りも、不自然に細いコルセットも、蝙蝠傘の骨が仕込んであるのかと常々クリフトが訝っているスカートの膨らみも、彼女のドレスにはついていない。彼女がまとっているのは、初夏に城の庭園を彩る薔薇のような、上品な色の絹で出来たゆったりしたものであった。それに、篝火花シクラメン色のカマーベルトじみた幅広のベルトを締め、ドレスの裾からはよく磨かれた褐色の長靴ブーツが覗いている。頭にはリバーレースをあしらったつば広の帽子を被っており、王侯貴族というよりは、街の商家のお嬢さんと云った風情である。最も、お忍びで出歩くのには、至極順当な装いであった。
城門からまっすぐに伸びた街道を半時ほど歩けば、漆喰の白々とした壁と、様々な色の屋根が視界に入ってくる。サランの町並みである。
歩けば半時、騎馬ならばその数分の一の距離。サントハイムの塔からも間近に見下ろすことが出来るこの町は、低層ながらも砦が築かれ、過去の戦ではサントハイム城主が滞在したこともあるという。王家と縁の深い町である。
近隣の鉱山から発掘した金、鉄、銀などを精錬する武具工房が町の経済を潤し、豊富かつ迅速に生産される武器、防具が、決して富強とは云えぬサントハイムを独立した王国たらしめた。その意味でも、サントハイムとサランは不可分な関係にある。王家はサランとサランの産み出す武器を必要とし、貪欲に国の政策の中に取り込んできた。そのため、サランには国の出先機関も多く、執政官や軍人の家族も多く住まう。
海にも近く、サントハイムの経済の中心地であるため、大陸からの珍奇な薬草や書物もいち早くサランに齎される。そのため、クリフトもしばしばサランに足を運んでいた。
アリーナもまた、サランをことさらに気に入っていた。かの町の職人たちが作り出す武具の数々……炎で鍛えられた大剣や、輝石が象嵌された儀杖、戦斧、鎧、篭手、盾。彼女はそれらにすっかり魅せられていて、ことあるごとにそれを見に行きたがった。城の女官や老人方は渋い顔をしていたが、当の本人は全く意に介さず、珍しい業物が入荷しただの、伝説の剣がどうのという話を聞くたびにサランへと抜け出そうと企てるのだった。
クリフトも勿論それを知っているから、姫さま、と切り出した。
「先ほども申し上げたように、わたくしは本日、薬草を探しに参るのです。それが終わったら、すぐお城に帰参いたしますからね。姫さまもご承知置きください」
真正面からの牽制に、アリーナはやはり真正面から応じた。
「そんな厳しいこと云わないでよ。せっかく久しぶりにお城から出られたんだから、私だって行きたいところがあるのよ。クリフトならわかるでしょう?」
「我侭を仰らないでください。セルマさんにも“薬草の勉強をしてくる”とお言いつけになったとご自分で仰っていたではありませんか」
アリーナは面白くなさそうに唇を尖らせる。
「クリフトはわかってくれると思ってたわ」
そのつまらなさそうな落胆の言葉に、クリフトの胸は痛んだ。しかし、クリフトはもう学生時代のころのようなアリーナの一従者ではなく、れっきとしたサントハイム王宮教会の神官である。先日もブライからぐっさりと釘を刺されたばかりだ。白髯をしごきながら老師は言った。「そなたも王宮に在る神官ならば、姫さまをお諌めするくらい、朝飯前になってもらわねばな」と。
「なりません」「いいじゃない少しぐらい」「いえ、なりません」そんな平行線のやり取りを続けながら、主従はまだ紅葉には少し早い街路樹が立ち並ぶ街道を行く。
やがてサランの町並みが間近に見えてきたころ、アリーナは憮然とした口調で云った。
「わかったわ。もうあなたには頼まない」
その言葉は稲妻のように鋭く、クリフトの心を引き裂いた短剣であったが、しかしクリフトは唇を軽くかんでその痛みに耐えた。アリーナにはその端正な無表情が、ことさら取り澄ました神官づらに映る。ついこの春まで、自分の頼みには、なんだかんだと応じてくれたクリフトだが、最近いやに手ごわい。
「神官さまはお堅いのね!」
腹立ち紛れに姫はそんな憎まれ口をぶつけた。クリフトは黙してただ歩くのみだ。アリーナは憤然として、長靴のヒールをわざとカツカツ鳴らしてその横を歩いた。
クリフトが沈黙を守ったのは、決して毅然とした態度を示すためというわけではない。それどころか、内心は大いに慌て、動揺し、また日和見的に「姫さまのおいでになりたい所にお供いたします」というひとことをも吐き出しかねない動揺ぶりであったのだが、それが過ぎたためにかえって表に出ず、結果的に韜晦されたに過ぎない。自分のこわばった表情が主君にどんな印象を与えているのか慮れないほど、「あなたには頼まない」と姫が吐き捨てた言葉が、まるで破城槌ラムのようにクリフトの脳髄を小突き回していたのだった。

クリフトが向かったのは、とある貿易商が開いている道具屋である。いつもは卸売しかしていないのだが、月に一度か二度、大陸からの船がやってきたときだけ一般にも店を開くのだ。
薬になる草、鉱石、獣の腑の粉末などの品揃えに関してはサントハイム一と評判であり、サントハイムの王宮教会もこの商人からしばしば薬の材料を買い上げている。
助祭の仕事は、その大部分が教会の主催者である司祭の補佐に費やされる。それ以上のことを学ぼうと思ったら、少ない己の時間をやりくりして勉学するほかはない。そんなクリフトにとって、教会のお使いではあるが、自分の勉強にもなる、薬草の買出しは心弾む仕事のひとつであった。
石造りの薄暗い、普段は倉庫として使われている建物の中には、麻や皮の袋に詰められた品物が所狭しと並べられている。
「ごめんください。サントハイムの助祭のクリフトです」
「これは神官さま、ようこそおいでくださいました。せんだって仰せつかりました品物は、今回お約束どおり入荷しておりますよ」
かつては船乗りだったのかもしれない、真っ黒に日焼けした店主はクリフトを見て相好を崩した。そばのものに云いつけて、立派な木箱をいくつか持ってこさせると、帳面を見ながら中身を改めた。
三香子ピメントが半袋と、吾亦紅サングイソルバが一袋、枇杷ロークァットの葉が二袋、魚腥草ホウツィニアが半袋…でようござんすか」
「ええと、はい。あと、月長石ムーンストーンの粉末など、入荷していませんか?」
「ああ、月長石はちょっと品切れだな…ご注文いただいていましたっけねえ?」
「あ、いえ…個人的に欲しいと思ったものですから」
「さようでございますか。お急ぎなら、あたしの商売仲間に声かけておきますよ。誰かが買い付けてるかもしれない。最近鉱物の類がね…メクリーなんかはね、ちょっとづつ色んなのに使うから、入れるんですけどね。月長石とかになってくるとね…ご婦人方に差し上げるために磨いたほうが高く売れるってんでね、あたしらみたいな薬屋には鉱夫たちも売りしぶるんですわ」
困ったもんです、と、さほど困った様子でもなく店主は云った。
クリフトは成る程、成る程、と相槌をうちながら聞いていたが、ふと、共に店に入ったはずのアリーナがいないことに気がついた。店主の帳面と、目の前の薬草と、店の中の珍奇なる妙薬の素どもにすっかり気を奪われてしまっていたのだ。
「…あれ」
クリフトは周りを見回すが、姫の姿は見当たらない。
神官は軽くため息をついた。気を取り直し、店主に向き直る。
「ご主人、それでは包んでいただけますか。それと、月長石の粉末なんですが、出来れば手に入れたいのですけれども」
「かしこまりました。なんとかしてみましょう。とりあえず、サランの近隣の知り合いにも聞いて、手に入ったらそれを神官さまにお納めしますよ。もしサントハイムには無いようだったら、そうですねえ…いちばん早くて、次の次の船かねえ」
「お願いします」
「ちょっと値が張りますが、ようござんすか」
「はい、大丈夫です」
ようがす、と店主は胸を張った。
「あたしの名にかけて手に入れてみせますよ」
「頼りにしてます」
クリフトは笑った。

アリーナがそこに突然顔を出したときも、老いた主はさして驚いたふうもなく、「これは姫さま」と歓迎の意を表したのみだった。
サランの武器職人を束ねる大親方である。短躯ではあるが、やせた体には鋼のような筋肉がついている。まめをびっしりこさえた手のひらはごつごつとし、いかにも職人の風情がある人物だ。
気に入らなければ、王宮の高官や軍人にも喧嘩を売るような気難しい男だが、何度もお忍びでやってきては彼の話を喜んで聞いていくアリーナのことは気に入っているらしく、邪険に扱われたことはない。
「今日もまたお忍びで来なすったのか」
「ええ」 親方が淹れてくれた珈琲を口に運びながら、アリーナは笑った。
「俺も近々縛り首だあな」
と親方も笑う。
「折角おいでなさって残念だけど、まあだ何にもこさえちゃいねえよ」
アリーナは彼の鍛える剣が好きだった。王宮の精鋭、近衛兵らに支給されている剣は全て彼と彼の工房で作られているものだったが、鞘から解き放つと濡れたような光を放ち、相対するものを圧倒した。繊細な細剣レイピアも、幅広の両刃剣ブロード・ソードも、「魔物を百匹斬っても刃こぼれがしない」と讃えられるほど切れ味鋭く、それでいてどこかに気品があった。そんな親方は、黄金と柘榴石ガーネットの細工が施された短剣ダガーをアリーナに献上してくれたことがある。「姫さまの瞳の色に合わせて作ったんだ」と、皺だらけの顔を更に皺くちゃにしながら。アリーナが大喜びでそれを召し上げたのは云うまでもない。
親方は年に何度か、仕事を離れて剣を鍛える。親方が鋼と真剣に向き合って作る剣は、まさに世界でひとつの業物であり、柄から鞘、ときには刃にも美しい装飾がなされており、見るものを捉えて離さない不思議な魅惑の力すら備えているのだ。
それを誰よりも早く目にすることが、アリーナの城の外へ出るときの大きな楽しみの一つであった。“まだ何もこさえちゃいねえよ”というのは、そういう意味である。
「そうなの? それは残念だわ」
言いながらも、アリーナはそんなに残念そうでもない。親方の武具や鋼鉄の話は無骨だが示唆に富んでいて、アリーナは親方と話すこと自体が好きだったのだ。
「最近は武道のほうはどんな按配ですか」
「まあまあね! 中隊長から五本に一本はとれるようになったわ! 前は十本に一本だったけど」
「そりゃあ、よかったねえ。中隊長ったら、あの髭の大男かい? それとも髭じゃないほうかえ」
「髭のほう」
「あの大男から。たいしたもんだねえ、姫さまは。飲み込みが早えんだあな」
「中隊長はまだまだ手加減してるの。本気で試合して一本取れるようになりたいわ」
「そしたらお城でいちばんの武者になっちまうねえ」
「そうなりたいところだわ!」
アリーナが目をきらきらさせながらそう云うと、親方は「そいつはいいや」と大きな声で笑った。
「そんなお強い姫さまがおわすんなら、魔物もおいそれとお城には手を出せねえやな」
「お城を攻めるような魔物がいるの?」
「この辺はでっけえ平野だから、オオガラスやらキリキリバッタみてえなのしか出ねえです。でも北東の山間のほうは最近魔物が増えてきたって話だよ。その所為か、素人向きの銅の剣をよくこさえてるよ」
「そうなの…」
「まあ数が増えてるってだけで、魔法を使うの、武器を使うのっていう頭のいい奴はいねえようだがね。要は獣みてえなもんだな。獣はお城を襲わねえでしょう。だからそんな心配はいらねえです」
アリーナはまだ魔物というものに出くわしたことはなかった。王城の周辺自体、親方が言うように魔物の少ない地域だったし、それこそ屈強の衛兵が警戒を怠らなかったからだ。アリーナにとって魔物とは漠然としており、ブライが若かりしころに倒したというコモドドラゴンの話や、時折父王が編成する魔物退治の小隊の兵らの土産話からその姿かたちを想像するのみだった。
そのとき、親方の部屋の扉がノックされた。
「はいよ」
親方が声をかけると、扉が開いて親方の奥さんが顔を出した。その奥に控えている少年は、アリーナのよく見知った人物だった。
「クリフト!」
「やはりこちらでしたね、姫さま」
クリフトは少し眉間にしわを寄せながら云った。肩からは王宮教会の焼印が入った皮袋を提げている。
「此処がよく解ったわね」
アリーナのけろっとした物言いに、クリフトは思わず毒気を抜かれてしまった。
彼女の手元でぽかぽかと湯気を立てている珈琲と、彼女の寛いだ様子がいかにものんびりとしていて、そんな彼女が微笑ましく見えてしまった。工房を訪ねる道すがらは、どうやってお説教しようかと考え考え歩いてきたのに。
しょうがないので、クリフトは苦笑しながら答えた。
「こちらは、姫さまが大のお気に入りですから」
「ああ、誰かと思えば姫さまのおつきの方でねえか。神官さまの格好なんかしてらっしゃるから、さっぱり解らなんだ」
と、親方が云う。
「お久しぶりです、親方」
クリフトにとっても親方は初対面の相手ではない。何度かアリーナの従者としてこの工房には赴いたことがある。
「神官さまになったんかえ」
「ええ、春から王宮教会の助祭を務めさせていただいています」
「そりゃあえらいことだねえ。今日は、お二人で?」
親方の問いにアリーナがうなずく。
「クリフトが薬草を買いに行くって云うから、私が付いてきたの。クリフト、もう用事は終わった?」
「ええ、終わりました。姫さま、そろそろお城に戻りましょう」
「…そうね。お名残惜しいけど。親方、また来てもいいかしら?」
「姫さまならいつでも歓迎だよ」
と、親方は笑った。

初秋の夕刻は、夏の長い昼に慣れた人を驚かせるほどに早くやってくる。街道に降り注ぐ陽はかなり傾いており、さらさらとそよぐ風は温かさを失い始めていた。道行く人や馬も、心なしか急ぎ足だ。
「…クリフト、怒ってる?」
「何をですか? いきなりいなくなったことをですか?」
「そう。だってあなたったら、私が親方のところに行きたいなんて云おうものなら、猛反対しそうだったから」
そう云ってクリフトを見上げる姫の顔を、午後の陽光が照らした。
「…怒っておりません」
「良かった!」
姫の相好が崩れる。花が開いたような愛らしさだ。
クリフトは相変わらず、高鳴った動悸を抑えながら、逆に姫に尋ねた。
「姫さまこそ、お怒りではないのですか?」
「何を?」
「もうクリフトめには、何も頼まないと仰っていたではありませんか」
「…真に受けないでよ。私の癇癪なんて」
アリーナは決まり悪そうに唇を尖らせる。ちょっと拗ねたようなその顔もまた、可愛らしい。
まるで猫の目のようにくるくると表情が変わる。変わるたびにきらきらと、それぞれの表情が美しく見えるのは、さながら万華鏡のようだ。
「それでは、お怒りではないのですね」
「勿論よ」
「それは良かった」
「こんなのに付き合ってくれるの、クリフトくらいしかいないもの。…ねえ、これからもサランにお使いに行くときは私も連れて行ってくれない?」
「…それはごめんこうむります。わたくしが陛下や、ブライ様や、大司教様に叱られてしまいますから」
「けちんぼね!」
「当たり前です。けれども姫さま、姫さまの外出にわたくしの仕事上の外出が“偶然”重なって、“偶然”ご同道させていただくぶんには、光栄な職務として、喜んでお供いたしますよ」
クリフトの言葉に、アリーナはきょとんとしていたが、すぐに合点がいったらしい。姫の顔に笑みがこぼれた。頷きながら姫は云った。
「そうね。“偶然”ならしょうがないわよね!」
「さようでございますとも」
「ありがと、クリフト」
「何がですか?」
「…なんでもないわ!」
姫の長靴がスキップを踏む。ドレスの裾がふわりと舞い上がって、なめらかに翻る。まるでダンスをしているように。
ああ、この“偶然”がいつまでも続けばいいのに。この先も数え切れないほど、あればいいのに。我しらずクリフトは強くそう願った。

そんなふたりを午後の日差しが優しく包む。
東の空にはうっすらと、宵の明星が瞬き始めていた。

 


2008年ごろ個人サイトに初出、2021年5月にpixivに掲載。
冒険に出かける1~2年前くらい?
以下は個人サイトにアップしたときの更新報告のブログから。

 DQ小説を実際に書き始めてから気がついたのですが、私の書くアリーナは、かなりお嬢ですね。口調なんか、「わたし」とか「~だわ」とか。そのうち「良くってよ」とか言い出しちゃったらどうしよう(笑)。
 一応、お姫様ですから…なんだかんだ、育ちのよさを出したいなあと。ファッションも、ゲームのコスチュームは可愛くて大好きですが、まさか普段からアレはないよな、と思って。普段はやっぱりドレスだろうなあと。そんで武芸の稽古のときだけ、カンフー着みたいなだぼっとした服着てたりしたら!ギャー!萌える!カワユスい!
 …アリーナって、品のいい、でも元気一杯な女の子なんじゃないかなあと、思ったりします。