もうすぐ、目的地です。カーナビが告げる。岬の坂道は傾斜がきつく、細く、それが古くからの道であることを示していた。
「左に駐車場があるぞ」
父が──タクマがリョウに声をかける。リョウは「ああ」と返事をしてウインカーを出した。舗装されていない、砂利の地面に無造作に這わされたロープが自動車を停めるべき区画を示している、簡素な駐車場だった。
自動車を停め、車を降りると存外、風が強かった。薄曇りで、少し寒い。リョウとユリは知る由もないが、それはこの季節の関東によくある天気だった。ユリが「寒いね」と呟きながら、持参していた薄手のダウンジャケットを羽織った。
タクマは白と黄色と紫の菊で作られた仏花の花束を弓手にぶら下げたまま、息子と娘に先立って歩く。白いボタンダウンのシャツの上に、コットンツイルの濃いグレーのジャケットを羽織り、同じ生地のスラックスを合わせていた。駐車場の出入り口のそばに幾つか置かれていたブリキの如雨露を拾い上げ、そばの水道から勝手知ったる様子で水を入れ、そのまま、息子と娘を振り返りもせず進んで行く。リョウとユリも黙って後に続いた。
遠くから、ザザ、ザザ、と、寄せては返す波の音が聞こえる。視線を明るい方にやると、彼方に鈍色の海が見えた。駐車場から目的地に向かう坂道は、今や周囲の住宅の屋根より高い位置に差し掛かろうとしており、視界が急に開けていたのだった。
「海だ」
リョウはつぶやく。海だね、とユリが答える。
青灰色の空は彼方の水平線で海と溶け合っていた。白い船が何艘か静かに波間を縫って行くのが見える。ひどく静かで、陽光は薄く、どこか憂鬱でさえあった。遠い波の音と、風、そして父と、兄妹が踏みしめる石塊が立てる以外の音はなかった。リョウとユリのよく見知る、サウスタウンの底抜けに明るいエメラルドグリーンの海とは少し様子が違っていた。
坂道が終わり、彼らの眼前には広い墓地が広がった。整然と区切られた区画に配された墓石の中を、父は迷わず歩んでいき、兄妹はそれに続く。やがて、父が立ち止まった。
──坂崎家之墓。墓石にはそう彫ってあった。兄はどうにか、それを読むことが出来たが、物心つく前に米国に移り住んだ妹はそれを読むことができなかった。
「いや、久しぶりだな」
父はそうひとりごちてから、馬手に携えた如雨露の水を墓石にかけた。墓石に供えられていた花はまだ枯れておらず、この墓への来訪者が彼ら以外にもいるのだと云うことを示していたが、タクマはその花を取り除き、自分が持ってきた花を新たに生けた。線香に火をつけると、彼の娘は生まれて初めて知覚するその香りに目を白黒させた。
タクマは眼前で手を合わせた。リョウとユリもそれに倣った。短い祈りの後、タクマが墓石の脇の墓誌を示しながら云った。
「リョウ、ユリ。お前たちのお祖母さんだ」
坂崎某、と名前が刻まれていたが、もはやリョウとユリの日本語の能力でそれを読解することは叶わなかった。
「グランマだけ? グランパは?」
ユリが問う。タクマは答える。
「お前の祖父の墓は、ニューオーリンズにある」
初耳だった。
リョウにとって米国は、母方の母国だと勝手に思っていた。父は日本人で、母は米国人。そう聞かされていた。父タクマのルーツは全て今自分が立っているこの極東の島国にあるのだと思っていたのに、そうではないと云うことなのだろうか。
「なんでグランパのお墓だけアメリカにあるの?」
屈託なくユリが尋ねる。タクマは少し笑った。
「それは、帰りの電車で話そう」
そして、立ち上がる。
「少し寄り道するぞ。坂崎の本家に、私の従兄弟がいる。お前の試合も見てくれているはずだ」
タクマはそう云ってリョウを見る。リョウも頷いて、行きは父が持っていた如雨露と、父が取り除いた古い仏花を持った。相変わらず、後を振り返りもせず、先に歩いて行く父の後ろ姿を追う。日本に生まれた父。横須賀と云う海のある町の果てに眠る、父を産んだ祖母。サウスタウンと云う海のある町のそばに眠る、自分と妹を産んだ母。
一昨日と昨日の夜、二晩続けて自分の腕の中に抱いた女のことを思う。彼女の両親は、どこに眠ると云っていたか。
問わず語りに教えられた彼女の本当の名前のことばかり思い出され、その地名を思い起こすことは叶わなかった。
また聞こう、今日、宿に戻れば。リョウはそう思う。
なぜなら彼女は何度でも、答えてくれるから。
自分の問いに、「何回目?」と皮肉を云いながらも、きっと答えてくれるから。
fin.
2021.8.9. pixivにて初出
リョウ✖︎キングタグつけてますがキングさん1行も出てきませんごめんなさい。
リョウキンがカプになってる設定の小説なのでタグつけております。
cherry blossumsの続き。この話でどんだけ引っ張るのかと。
キングさんとデートするためにリョウが勝手にリスケした坂崎家お墓参りのお話。
天獅子龍虎のタクマの裏設定みたいなのをちょっとだけベースにしています。短いので暇つぶしに読んでいただければ嬉しいです。